痺れる魅力は、冬に突然やってきた。

痺れる、という感覚の魅力が、わからない。

「その台詞、痺れる…!」
のような、心の痺れるではなく。
身体感覚としての、痺れる、のほう。

足が痺れた、じんじんと響く感触は、不快のほうが大きいし。
炭酸飲料や、辛い食べ物も苦手なので、
口やのどの痺れる旨み、がよくわからないまま、大人になってしまった。

似ているものだと、染みる、はわかる。
心の反応としても、身体感覚としても。
快も不快も、感じたことがある。

しかし、痺れる、は…。
私にはもう、それを堪能する日は来ないのだろう、とさえ思っていた。

ところが。
この冬ついに、痺れる身体感覚の魅力を、身をもって知ることとなる。

今回の寒波は、長かった。
古い木造の、風情があるといえなくもないわが家は、底冷えしていた。
家じゅうが天然の冷蔵庫になっている。

冷え切った床を、少しでも避けたいばかりに、
おふろに向かう道のりを、つま先で踊るように歩いて。
それでも芯から冷え切った体を、湯船にどぼんと沈めたとき。

足が、足が痺れている…!

じんじんを超えた、皮膚を刺すような痺れ。
極寒の床から、40度のお湯への急激な移動に、私の足裏が追いつけない。
指先が攣ったように固まったまま、震えている。
誰も私に触れないでくれ、という意思をもって、うぎゃあと叫びだしたくなる。
どこからどう観察しても、痺れている。

けれども、その貫くような刺激が、ゆっくりお湯と調和していく。
痛みに近い痺れと戦っていた体から、力が抜ける。
筋肉がほどけていくのがわかる。

完全に痺れがなくなるまでの、足裏がふわふわになってゆく感覚。
ああ、これが、心地よい痺れなのだ。

身体感覚としての、痺れる、の魅力…!
私もついに、理解した!

もっとも、この快感のために、
明日も極寒の床を踏みしめて、おふろに向かいたいかと聞かれたら、
それには全力で、ノーと答えよう。

裸足の心地よい季節が、待ち遠しいな。

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