『さみしい夜にはペンを持て』の、続編!
いろんな本の一節に出会えて、すごく楽しい本です。
そして、いい本だった…!
【さみしい夜のページをめくれ(古賀史健)】

私は、2歳3歳頃からずっと、本を読むのが好きなので、
「本が嫌い」「読書は苦手」
という気持ちが、実感ではわからないんですね。
読んで楽しいのが、あたり前だった。
だから、いつも感情移入して、主人公目線で読む私にはめずらしく、
「なるほどな」って、一歩引いた感覚で読み進めていました。
ところが、途中に、こう書かれていたんです。
“本を渡すことはできても、読書を渡すことはできない”
本を読むということは、能動的なことなのだ、と。
“自分が読もうとしないかぎり、本は活字の羅列にすぎない”
“自分から読みに行って、書かれた文字を頼りに、自分の頭のなかで世界をつくり上げていく”
そのとき脳裏をよぎったのは、
ひとりぼっちだった保育園で読んだ、私にとっての現実だった本の世界。
「本ばかり読んでいないで、外で遊びなさい」と言われた、小学生の頃のこと。
私は確かに本が好きで、読みたくて読んでいるけれど。
始まりは「友達がいないから」消極的で、受動的だった。
ずっと、受け身で本を読んできただけだ、と思っていたのです。
でも、そうじゃなかった。
私は、本を読んでいた、のではない。
本を「読み」に行っていたんだ。
この発見が、天地がひっくり返るほど、嬉しかった…!
そのあたりから、没頭の度合いが変わり始めて。
ラストの手前、5章の終わりに泣きました!
“本を選ぶことは、自分の人生を選ぶこと”
というのが、体を走り抜けて、腑に落ちた感動でした。
「読む」も「書く」も、至福です。
クジラの本屋さんに、行きたいなあ。