私の人生が、あなたへの愛情になる。

両親に、私の初任給で、お年玉をあげたい。

十数年ぶりに、パートで働き始めました。
「お給料」というものをいただいたので、
お正月には、離れて暮らす父母に、お年玉を渡したいと思いました。

「これさ。私も、仕事始めたからさ。
ほんとに、ほんのちょっとだけど」

あなた、そんな、いいのに。
これから子どもたちにお金もかかるのに。
ありがとう。どうしよう。
もう、こういうの使えないんだよね。
大事にする、ありがとう。

涙を浮かべて、もぞもぞと受けとってくれた両親。
うん、使えないの、知ってる。
社会人になってから渡したお金、全部私たちのためにとっておいて、
私たちに使ってくれたこと、知ってる。

昔は、気持ちはありがたいけど、使えばいいのにって思っていました。
素直に「ありがとう」って受けとって、おいしいものでも食べてくれたら。

思えば、社会人になった年。
初めて両親に、ごはんをごちそうしたときも、遠慮がちに
「このラーメン屋さんに行ってみたいんだ」
って言ってたっけ。

そして、いちばん安いラーメンを頼んでたっけ。
勧めたら、嬉しそうに申し訳なさそうに、トッピングを追加して。

そんなの、気にしなくていいのに。
私だって、返したいのに。
当時も、やっぱりそう感じていました。

今は、何だっていいんだ、って思っています。
両親がどんなふうに使おうが、お守りみたいに持っていようが、
誰よりも気持ちをこめたお金を、私は渡すことができて、
誰よりも気持ちを受けとってもらえた、媒体としてのお金だから。

お金じゃなくて、そこに至るまでのさまざまを。
十数年ずっと子育てや介護に向きあってきたことや、
久しぶりの仕事で頑張っていることや、いい職場に恵まれた喜びや。

お金を渡した瞬間までの、私の人生をまるごと、
元気に幸せに生きて、ここまで大人になって、立派に働いて、
お金を渡してくれる優しさをくれてありがとう、って。
愛情として、受けとってくれているんだと思うのです。

ありがとう、お父さん、お母さん。

(本田健ハピマネ大賞)

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