「それは、恋だね! こ・い!」
昼下がりのカフェは、心地よいざわめきで満ちていた。
土日にはいっぱいになる客席も、水曜という週の半ばの今日、
ランチタイムとカフェタイムの中間という、この時間帯には混みあうこともなくていい。
「恋」と断言されて、ユキは危うく、飲んでいたコーヒーを吹き出すところだった。
もういい歳の自分たちには、不似合いな言葉に思えたのだ。
「ちょっ、恋って……もう、マリったら」
「いやいや、恋だね。だって、あのユキが、毎日手作り弁当でしょ!?」
あの、とはなかなか失礼な言いぐさである。
「あたしは忘れないね。大学時代、あんたの部屋に行ったらさ、戸棚にカップ麺がずらーっと並んでたの!
そこらのスーパーより、品揃えよかったじゃん! 『わたし料理嫌いなんだよね』とか言ってさ」
「あのときは大笑いされたよねえ。いや、別に料理に目覚めたわけじゃないのよ。
でもさ、『このお弁当、世界一おいしいね!』とか言われたらさ。やっぱり、頑張っちゃうよね」
「だから、料理嫌いのユキが、お弁当を作ってるってこと自体が、奇跡なわけよ。
ニヤニヤしちゃって。それってもう、恋じゃん」
ケーキを刺していたフォークを、行儀悪く振り回して、マリは力説する。
「そういうマリこそ。全っ然オシャレには興味なかったのに、変わったよねえ。そっちが恋でしょ」
今度は、マリが危うく喉にケーキを詰まらせる番だった。
「いや、あたしのは、そんなんじゃ……」
「思い出すわあ。マリと初めて出かけたとき、待ちあわせにジャージで来たときのこと」
「あれは……だって、運動部だったし! ていうか今でもパンツ派よ、あたしは」
「そうなの? でも最近、よくワンピース着てるじゃない? 乙女なやつ。ほら、今日のメイクだって」
さっきのお返しとばかり、ユキはマリのファッションチェックに余念がない。
「だってさあ……『スカート可愛いね』とか『すっごく似合うね』とか言われたらさあ」
「それよ、それ。結局おんなじなのよ、わたしたち」
ほめてくれた人の顔を思い浮かべて、ふたりは同時に、ほうっと息をついた。
「そうだよねえ……そんなふうに言われたら、頑張れちゃうよね」
「興味なくても、嫌いでも、あなたのためなら! って思っちゃうわよね」
ユキもマリも、頬はほんのりと赤くなり、目はきらきらと輝いている。
まるで少女の頃に戻ったようだ。
「そう考えると、幸せだね。あたしたち」
「本当ね。幸せよね、わたしたち」
うっとりと幸福に浸っていると、ユキとマリのスマホが、同時に鳴り響いた。
「あ、もうこんな時間」
「そろそろ行かなきゃね」
ふたりで会うときは、時間を忘れて話し込まないように、お互いにアラームをセットするのが習慣になっている。
「じゃ、愛しの恋人を、お迎えに行きますか!」
マリが立ちあがる。幼稚園までは、歩いてすぐだ。
「今日はお天気がいいから、うちは公園コースかもしれないわ……男子の体力、半端ないよね……」
「世界一おいしいお弁当食べて、元気いっぱいってわけか! いいじゃん」
マリに笑い飛ばしてもらえると、ユキは息子の終わりなき外遊びにも、ポケットから出てくる大量のダンゴムシにも、寛大な心で向きあえる気がした。
「うちはさ、最近ずっと謎のファッションショーと、アイドルステージ続きだからさあ……。延々お着替えさせられるわ、一緒に踊らされるわ」
「マリの娘ちゃん、可愛いもんね! ママと一緒にアイドルやりたいんだ」
ユキが微笑んでくれると、マリは娘に髪をぐちゃぐちゃに結われることも、夕方の忙しい時間帯に謎のダンスレクチャーが始まることも、笑って楽しめそうな気がした。
「子どもって、可愛いよね。ちょっと大変だけどさ」
「そうよね。ちょっと疲れるけど、可愛いわよね」
わが子に恋する母の力は、今日も偉大なのである。
