静かに生きて考える(森博嗣)

森博嗣さんのエッセイ。
この表紙の写真と、タイトルと、帯の文言との風景が美しくて、読んでみようと思った一冊です。

まず目次が楽しい。
ここだけで、ひとつの読み物として成立する。

そして、森博嗣さんの文章は、小気味がよい。
さくさくと、野菜が切れたときのような快感がある。
私が思うに「たぶん」「かもしれない」という言葉の使われる回数が、少ないからかなあ、と。

「おそらく」とか「ようだ」とか、「だろう」とか「思われる」とか、
類似した言葉は使われているのだけれど。
「たぶん」「かもしれない」は、ころころと転がる手ざわりなので、
小気味がよい爽快さ、とは繋がりにくいのですよね。

生きて、考えることが、本になる。自分の手で、書き上げる。
そんな生き方、いいなあと思う。

無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。
人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。
趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。

この箇所を読んで、このあいだ考えていたことと繋がって「おお…」となりましたよね。
言葉が妙にすんなりと、お腹の奥底に落ちていきました。

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