ぼんやりを、はっきりと認識する。

どうも、はっきりしない。

特定のものごとについての話ではない。
わたしの感覚が、どうもはっきりしない。

先週、風邪をひいたあたりからだ。
おいしいだとか、うつくしいだとか、
わたしの世界を彩るはずの感覚が、
うすぼんやりと靄がかかったように鈍い。

外側からは、なにも変わらないわたしがいる。
食べて、書いて、読んで、寝ている。
おそらくは自分でしかわからない、ささやかな感覚のちがい。

それがたいへんに気持ちが悪いので、修復を試みた。

まずは、寝る。
とにかく寝る。
すべての土台は、体力からだ。

次に、食べるをととのえた。
お腹いっぱいに、食べすぎない。
エネルギーを消化に回しすぎない。

そして、家をきれいにした。
体調がすぐれない間、やらなかった場所の掃除をする。

それから、念入りにストレッチをした。
寒さと風邪で、固くなっていたからだを、
ひとつずつ、ほぐしてゆく。

あとは、読むを減らした。
食べものと同じ。情報を食べすぎない。
ゆっくりゆっくり、思考を消化していく。

最後の仕上げが、これを書くこと。
ぼんやりしているということを、言葉にすること。

言葉にした瞬間、ものごとは輪郭をもつ。
かたちのないぼんやりが、鈍色のひかりを放つ。

ぼんやりしている、ということを、
はっきりと認識することで、
わたしの感覚がよみがえってゆく。

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