「目覚まし時計がいらない生活がしたいです」
いつだったか、理想の暮らしかたを聞かれたとき、わたしはそう答えました。
起きたいときに起きて、寝たいときに眠る。時間に追われず、時間を気にしない。好きなときに、好きなことをする。
そんな暮らしがいい、って。
忙しいお母さんとしては、よくある望みの形かな、とは思います。
これだけ聞くと、朝ゆっくり寝ていたいんだろうな、と思うじゃないですか。
のんびり起きて、自分の時間を過ごしたいんだろうな、って。
それって、やろうと思えば、休日にできるんですよ。
子どもたちも大きくなったし、自分でカップ麺のひとつぐらい作って、食べてもらったらいいんですよ。
旦那さまに、なにか買ってきてもらうことだってできる。洗濯だって掃除だってお願いすればいい。
で、やってみたわけです。「本日、お母さん臨時休業」。
なんなら子どもたちと、夜中のおやつパーティーとかもしましたね。
だらりゆるりと本を読んだり遊んだり、好きなだけ文章を書いたりして、翌朝はのんびり寝坊して。
楽しいと思うじゃないですか。楽しいんですよ。
でも、ちょっとずれてたんです。
朝寝坊するということは、わたしの生活リズムが不規則になるということ。
お腹がすいたときに食べたいものを食べ、眠たくなるまで寝ない。起きたくなるまで起きない。
読み書きに没頭すると、食事をすっ飛ばして、ずっと同じ姿勢でほとんど動かない。
もう、てきめんに調子が悪くって。体は重たいし、頭もすっきりしないし。
体調がいまいちだと、思考も感性も、ちっともクリアじゃない。
わたしは、心も体も健やかに過ごしたいんですよ。
朝、おひさまの光を浴びて。体を適度に動かして。おいしくごはんを食べて。
いま生きていることの素晴らしさを、心ゆくまで味わいたいんですよ。
わたしの「目覚まし時計がいらない」は、朝ゆっくりと寝ていたい、じゃない。
だらだらしたいわけでも、休みたいわけでも、寝ても覚めても読み書きしたいわけでもなかった。
眠たい状態で、目をこすりながら起きたくない。すっきりと目覚めたい。
そして、起きたあと、スケジュールに追われて過ごしたくない。っていうだけのことだったんですね。
それから、わたしがどうしたか。
朝起きることよりも、夜寝ることを意識してみました。
一日に入れる予定の量を、調整するようになりました。
大きくリズムを変えると、体に負担のかかることがわかったので、一日の流れはそのままにしました。
時は経ち、現在。
いろんな偶然が重なり、家族が不在の一日が訪れました。
自由に過ごす、千載一遇のチャンスです。
わたしはいつもどおり、目覚ましのアラームで、すっきりと朝起きて。
窓を開けて、掃除をして。
仕事に行って、ひとりぶんの買い物をして帰ってきて、私が食べたいごはんを少し、食べました。
ゆっくりとおふろに入って、ひとりぶんの洗濯をささっと終えて、ノートを書いて、投稿を書きました。
ふとんの中で、お気に入りの本を開きました。
早寝するでもなく、夜ふかしするでもなく、いつもと同じ時間に眠りました。
なにも変わらない日常でした。
心も体も健やかな暮らしを、わたしはすでに持っていたのです。
