月に数回、町主催の親子教室に、託児ボランティアとして、参加しています。
【心が動けるように】
主に、0〜1歳の赤ちゃんを、お預かりさせていただくのですが。
赤ちゃんの筋力とか、体幹って、すごいなあと感動しまして!
足をまっすぐ前に投げ出して、背筋をぴんと伸ばして、おすわりしたり。
上体反らしの姿勢で、遊び続けたり。
自分の足をつかんだまま、左右に転がって移動したり。
うつぶせから、手のひらと足の裏に力をこめて、体を持ち上げたり。
試しにやってみたのですが、どれも無理でしたw
#自分で自分の体を支えきれない
#筋肉が悲鳴を上げる体勢ばかり
どの子もすごいし、全身から「生きてる!」っていう感じがするんです。
わが子を育てているときは、赤ちゃんはふにゃふにゃした生き物だと感じていたし、
ひとつひとつの動きには、喜びはしたけれども、それ以上に“心配”していました。
段差で落ちないかな? 転げて頭をぶつけないかな? って。
その動きをただ見つめて、手足の先まで満ちている生命力に、
純粋に感動する時間は、なかったなあ…。
眠った赤ちゃんは、そのまま抱っこしているのですが、
一緒に託児している人たちが、口を揃えて、
「自分の子のときは、こんなにゆっくり、寝顔を愛でる余裕がなかったよね」
「寝かすことしか考えてなかったよね」
そう言うのにも、うなずくしかありません。
目の前の物事に“感動”するには、私には余裕が必要だったんですね。
感覚が、心が動くから“感動”できる。
体を狭い場所に押し込めたら、身動きできないのと同じで、
心だって、余白がないと、動けない。
自分の心が、動きたいように動けるように、してあげよう。
赤ちゃんが自由に動けるように、危ないものをどけて、安全な空間を作るように、
自分の心にも、やさしい余白を、作ってあげよう。
腕の中で眠る赤ちゃんを見ながら、そんなふうに思いました。