行動力のある人に、憧れると同時に、気後れしてしまう私。
パワフルで、身軽で、変化に飛び込んでいけるのって、すごいなあと思うのです。
私はどちらかというと、安定を求めがちなので、よくも悪くも変化を怖れてしまいがち。
でも、殻を破りたい気持ちは、あるんです。
嫁いだ家は、女性が強い家系のようで、義母や義祖母は「バリバリ」「チャキチャキ」といった表現が、まさにぴったりくる人たちでした。
思ったら口に出す、思ったら動く。声も動きも、大きくて目立つ。
とても、私には太刀打ちできません(笑)。
そこまでなりたいわけではありませんが、やっぱり、行動して輝いている女性を見ると、素敵だなと思います。
仕事でも、プライベートでも。
その輝きに圧倒されて、私が勝手に萎縮してしまうこともあります。
自分もなりたいな、でも難しいな、と感じてしまうとき。
今までは、縮こまったまま終わるか、むやみに同じようなことを始めようとして失敗するか、だったのですが。
最近は、まず「ありがとう」を唱えることにしました。
「ありがとう」を言うのも行動
「ドS本」を読んだときに、力をもらったことです。
「行動すること」が大切なのは、先人たちから語り継がれる知恵ですが。
実は、悩みを持っているときというのは、動いていないとき。動いていないから悩むし、悩んでいるのは動けていないから。
言葉に出すこともひとつの行動です。
(中略)
人生が停滞しているときというのは、共通して「行動していない」ときです。
ありがとうと言葉に出すことも「行動」なのだと言われて、それは嬉しかったです。
それまでは、大きかったり派手だったりする変化を伴うのが、行動だと考えていました。
だから、私は何もできていないんだ、と悩みも落ち込みもしてきました。
でも、不安になるたびに「ありがとう」を唱えていたら、自分にだってできていることがある、と気づけたのです。
私は、仕事に出てお金を稼ぐことはできていないけれど、子どものケアは、家族の誰よりもできている。
心がつらくなったときは、ちゃんと自分からカウンセリングに行って、立て直すことができる。
気が強く、何かと揉めがちな義家族とも、仲良く過ごして、家の潤滑油になっている。
本だってたくさん読んでいる、ブログだってこうして続けられている。
本を読んで、素直に「じゃあ、やってみよう」と試すことができる。
ありがとうを唱え続けることもできている。
そうして今の自分と、1年前の自分とを比べてみたら、内面成長は著しいと思いました。
たとえ、外から見て何も変わらなくても、私は確実に変わっていると、自分で感じることができます。
ひとつひとつは、大きくも派手でもない行動でした。
けれど、確かにそれらは「行動」だったのです。
だから、私は大丈夫。
人と比べて、小さな行動だと嘆くよりも、私は私の行動を、続けていきます。