“あきらめない”の質量

「あきらめない」の感覚が、変わったな。

って、思いました。

【“あきらめない”の質量】

幅が広がった。のほうが正確かな?

私には、

“本屋さんに、自分の本を平積みしたい!

書店員さんが、入魂のポップを書きたくなるような本が、作りたい!

そして、読者さんが本を手にとって、レジに持っていくときの顔を、物陰から、そっと眺めたい!”

そんな夢があって。

#10代の頃から思ってはいたw

昔の「あきらめない」は、必ず実現することと、イコールだったんですよね。

#ガチガチの思い込み

だから、今の自分にはできそうもない途方もないこと、大きなことは、端からあきらめていた。

望みや願いをもつ前に、心の奥では、あきらめていたんです。

すると、そこに向かう行動は、叶わないための努力になってしまって、

めちゃくちゃ苦しかったし、自罰的なものでした。

自分のことも、他人のことも、世界も、何ひとつ信じていなかったんだな…と思います。

今の「あきらめない」は、もっとふんわりとしていて。

必ず実現することとは、イコールではなくなりました。

自分の行動だけでなく、助けてくれる人の存在や、宇宙の采配みたいな見えないものも、素直に信じられるようになった。

#世界がやさしい

叶う叶わないは別にして、望みや願いをもつことそのものを、あきらめなくなりました。

「自分がそう思ってる」ということを、素直に受け入れられるようになった。

そうしたら、同じ行動するのでも、すごく軽やかで、楽しくなっている!

で、昔は「自分には実現できない」と思っていることは、とても口には出せなかったんだけれど。

今は、こうして公開投稿できるぐらいに、自分自身の感覚が軽くなってきた!

そんな変化に気づいた、44歳の春です🌸

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