完璧っていう言葉で、人生をごまかすと、めちゃくちゃしんどい。

「完璧にしなきゃ」と思っているとき、
完璧というものには、正解があると信じている。

意識しているにしろ、していないにしろ。
完璧という名前の、正しい答えがある、という前提でいる。

それなのに、本人は、その答えが何なのかを知らない。
答えが見えていない、決まっていない世界の中で、
答えを求め続けるので、永遠にたどりつけない。

完璧にできない私、ばかりが見えてくる。
完璧にできた私、の定義がないから、
できない私に出会い続けることになる。

めちゃくちゃしんどい。
しかも「完璧にしなきゃ」と思うことって、たいていが苦手なことなのだ。

得意なことや好きなことは、自分なりの正解のかたちがある。
私が文章を書くときには、「希望を描く」「抒情を描く」という、
たどりつきたい答えが決まっていて、そこに向かっている。
それに対して、いまの最高を叩き出すのが、私の文章の「完璧」だ。

だけど、苦手なこと、たとえば家事なんかだと、
何をどこまでやったら完璧なのかがわからないまま、
家事の達人や、ていねいな家事を楽しむ人の姿を見て、
私なんて…と、ダメ出しの無限ループに陥ってしまう。

ある日、それに気がついたから、完璧という言葉を捨てた。

完璧にする、ではなく、具体的に、
「子どもの好きなおかずを、夕方○時までに作る」
「床がざらつかないように、掃除をする」
という答えを決めることにした。

完璧という言葉で、人生の目標をごまかさなくなったら、
自分のことを、前より好きになった。

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