【ハッピーライティングマラソン#37】掃除をやめるのを、やめました。「最近、心が『軽くなった』と感じた選択は?」

朝の掃除をやめるのを、やめました。

物を減らして暮らし始めてから、家の掃除がやりやすくなって。
やりやすくなったら、細かいところが見え始めて。
掃除をすると、きれいになって気分がいいものだから、
毎朝1~2時間ぐらいを、掃除という家事に使っていたんです。

でも、やりたいことは、ほかにもたくさんある。
掃除を終わらせなきゃと思うと、気持ちの余裕がなくなる日もある。
この1~2時間があれば、ほかにもできることが増えるのじゃないか。
いや、だけど、部屋が汚いのは嫌だなあ…。

掃除が行き届いた快適な暮らしと、家事に追われないゆったり時間。
なんとか両立したくて、時短や手抜き、ルーティン化など、いろいろ試して早数年。
1日1時間ぐらいまでには短縮されましたが、どうも簡単という感覚がない。

こうなったら、ついに最終奥義!
「掃除をやめる」という選択肢に、踏み出したのです。
気になったときに、気になったところだけを、ちょっと拭くぐらいで。
大丈夫、掃除しなくても死なないから! って。

やってみて、わかったのは。
確かに死にはしないけど、私がめちゃくちゃイライラするということ。
歩くと床がざらりとする。部屋の片隅に、髪の毛が溜まっている。
ふと見上げたテレビが、白く埃をかぶっている。
本を読んでも、お茶を飲んでも、そんなものたちが目に入る。
こんな暮らしは、快適とは違う!

おまけに、掃除をしないことで生まれたはずの余剰時間を、私は睡眠に使っていたんですよ。
想像の中では、優雅に朝のノートタイムをしたり、朝読書をしたり、のはずだったのに。
朝寝坊に使ったあげく、ぎりぎりまで寝ているものだから、時間の余裕など当然なく。
仕事をしていても、どうにも調子が出ない。
夜になると、まあ朝ちょっと長く寝られるから…と、要らぬ夜ふかしが増えていく。

あ、これはあかんやつだ。
負のループにはまる、と思いましたね。

で、朝の掃除を再開したんですよ。
そしたら、調子がいいのなんのって!
朝掃除をするということは、朝に1時間、体を動かしているということで。
運動しながら家がきれいになって、気分よく過ごせるんですよね。
長年の主婦生活で、いちいち考えなくても体が動くぐらいには、掃除が習慣化されていましたから、
掃除をしながらとりとめなく思考を楽しんだり、ありがとうを唱えることに集中したり、一種の瞑想的な時間にもなっていたようなのです。

掃除をしてもしなくても、どっちでもいい。
だけど、するときは、自分がやりたくてやっているという気持ちで、する。
今日の私は、掃除をするほうを選んでいる。

この数年、シンプルで自由な人生に憧れて、
「するべき」「せねばならない」をやめることを続けてきました。
一度やめてみて、なあんだ、やらなくても大丈夫なんだ、って思うこともある。
ああ、やっぱり私はこれは「やる」んだ、と思うこともある。

本当に、どっちでもいいことなんだけれど。
「掃除はする」と決めて、またひとつ、心が軽くなったんです。
こうして文章を書いていても、ふと顔を上げたときに、テーブルや棚がきれいだと嬉しくなります。

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