おふろに入るのも、ごはんを食べるのも、いつもより早い時間に終わると、楽だなあと感じる。
きっと自分が、おふろ掃除や食器洗いなど、後片づけをする側の人間になったからだろう。
実家暮らしで母に甘えていた頃は、ごはんやおふろそのものが、楽しいくつろぎの時間だった気がする。
今は、そのあとの家事の段取りまで考えてしまうからか、純粋にくつろぐのが難しい。
もう子どもには戻れないんだな…と思い出をたどるときのような、ささやかな寂しさに似た気持ちになる。
時間を気にせずのんびりおふろを満喫したり、何も考えずにお腹いっぱい食べて寝転んだりできない、心と体になっているのだ。
そんな自分が煩わしくもあるけれど、同時に誇らしくもある。
つまり私は、家族みんなのくつろぎを支えている!
「泊まりがけで温泉にでも行かなきゃねえ」
と、苦笑いしながら、流れるように家事を進めてゆく母には、とうてい及ばないけれど。
子どもたちが遊んでいる笑い声を聴きながら、ときに幸せを感じ、ときに「手伝ってよ!」と物申し、
今日も私は、家族の暮らしを快適にするという、崇高な使命を果たしている。
――たぶん、ね。