12年ぶりの卒業式。

娘が、高校を卒業しました。

小学校、中学校と、不登校ぎみだった娘。
発達が定型ではなく、学校生活でしんどくなりやすいのに、
外から見ると、まったくそうとはわからないタイプでした。
なので、生き抜く苦労は、人一倍だったんじゃないかなあ。

その特性上、たくさんの人が集まる卒業式典には、参加できなかったんですね。
今までは、先生方のご厚意で、個別に卒業式をしていただいてきました。

小学校では、娘のためだけに、体育館に席をしつらえてくれた放課後の卒業式。
数人の親友に付き添われて、証書を受けとり、
先生方が花道を作って見送ってくださった、今でも泣ける思い出です。

中学校では、オンラインで見ていた卒業式。
支援級の教室で、先生と一対一で、しっとりと卒業を噛みしめました。
娘ひとりのためだけに、在校生によるお祝いアートが描かれた黒板。
転任された先生からも、電報が届いて。
心温まる、卒業式でした。

そんな娘が、今までのどの式典よりも人数が多い、高校の卒業式に参加する。
と言うのです。

行ったら行ったで。行かないなら行かないで。
どちらでも、と思う気持ちに嘘はなかったけれど、
「行く」って言われたら、やっぱり嬉しかったですね。

かくして私は、卒園式以来12年ぶりに、わが子がいる卒業式に行ってきたのです。

今日はそのために、お仕事を休ませてもらったのですが。
職場の人たちに、卒園式ぶりに卒業式に行きます。と伝えたら、
「おめでとう! それは嬉しいねえ」
「いってらっしゃい、楽しんでね」
って言ってもらえたのも、すごく嬉しかったです。

子どもの学校行事を、素直に楽しみにできること。
楽しみにしていいんだな、って思えること。
周りからの祝福に、屈託なく笑えること。
なんてありがたいんだろうなあ。

生徒と保護者でいっぱいの体育館に、みんなと並んで娘が入場してくるのを見て。
もう、すでに号泣しましたよね。
そこに立っていることが、尊かった。

娘が通っていたのは、昼間定時制のクラスなのですが。
全日制も合わせた全校での式典のあとに、定時制クラスだけで、改めて卒業式をしていただける形らしくて。
ひとりずつ、卒業証書をもらう姿を、間近で見ることができました。

代表で、答辞も読んでましたよ。
高校の制服が、心なしか窮屈に見えます。
入学したばかりの頃の、不安げに揺れる表情は、どこにもなかった。

クラスメイトへの手紙で、
「私は小学校も中学校も、ほとんど教室に行けなかったから、
高校生活が毎日キラキラしていました。みんなと過ごせて嬉しかった」
と読み上げていて、楽しかったんだなあ、よかったなあ、って。

写真を撮り終えて、別れを惜しみながら校門を出たら、
娘の彼氏が、大きな大きな花束を抱えて、スーツ姿で迎えに来てくれていました。

この日のために、わざわざ県外から来てくれた彼。
娘の上半身が、すっぽりと隠れてしまうぐらいの、赤い薔薇の、大きな花束を持って。
ドラマみたい。すごい!

小学生のとき、“大人になった自分へ”という作文を書いた娘。
『今、生きていますか? 幸せですか?』って書いてたんです。
大人になる日なんて、想像できないぐらい、つらい毎日だったんだろうと思うんです。

あのときの娘を、私はぎゅうっと抱きしめてあげたい。
「幸せに生きてるよ。大好きな友達に囲まれてるよ。
人生で見たことないぐらい、大きな花束持って、恋人が迎えに来るよ」
だから大丈夫だよ、って言ってあげたい。
毎日に必死だった娘にも、私にも。

卒業、おめでとう。
卒業式に行かせてくれて、ありがとう。

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