しんどい感情の起伏が減ったな、と思います。
昔は、ジェットコースターみたいに乱高下していた感覚が、今はほとんどありません。
たとえば、家のトイレに入ったとき。
トイレットペーパーがちょうどなくなっていて、
「ちょっと、付け替えなさいよ!」って、イラッとしたこと、ありません?
これ、昔の私です。
ペーパーをからっぽのままにしたり、ほんの数センチだけ残しておいたりするのは、やめていただきたい。
伝え続けたかいあって、今では家族みんなが付け替えてくれるようになりました。
ありがたや…と、トイレに入ったら、
ペーパーが逆向きにセットされていて、イラッとしたこと、ありません?
これ、少し前の私です。
下に引くんじゃなくて、上に向かって引っぱる形で、セットされている。
子どもあるあるです。
別に、怒るほどのことじゃないのだけれど。
最初に「付け替えてくれて、ありがとう!」と、喜んだだけに。
「逆回転じゃん…」って、ちょっぴりテンションが下がっちゃう、ちいさなイラッ。
そのあとすぐに「いやいや、付け替えてくれたんだものな。感謝、感謝」と、気分を戻す。
狭い個室で、せわしなく感情が上下するのが常でした。
ところが、今朝。
トイレットペーパーが逆向きについているのを見ても、
私の感情は、まったく波立たなかったのです。
「付け替えてくれたんだな」
「あら逆回転」
淡々と事実だけを見て、淡々と向きを直しました。
実に穏やか。
というか、昔の私は、なぜにトイレットペーパーひとつで、
あんなに感情を揺らしていたんだろうか。
子どもに対しては、次の人のためにトイレットペーパーを付け替えておくのは、
将来きっと大事なことだと、確かに思ってはいたけれど。
その理由を、ぺらっとめくると、
「私だけがやるなんて、不公平」っていう気持ちがあったなあと。
さらに、心をぺらぺらっとめくると、
誰かと自分の大変さを比べて、勝手に世界と戦って、勝手にしんどくなっていたな…と。
自分の生き方、人生の姿勢みたいなものを省みることもなく、
目の前のトイレットペーパーのせいにして、怒ったり悲しんだりしていたのだと思います。
だけど、私はもう、トイレットペーパーに依存はしないのです。
爽やかに用を足すだけで、世界は今日も穏やかになるのだから。
