長女が、公園で木登りしていました。
そういえば、私が小学生の頃は、近所にもほどよい大きさの木がたくさんあって、登って遊んだものですが…。
最近、木に登っている子どもを見かけることって、あまりないですね。
神社にお寺、公園に田畑、空き地に石材置場と、自分が遊び場に事欠いた記憶はないけれど。
我が家の子どもたちが遊びに行くのは、友達の家か庭か、公民館がほとんどです。
意味もなく、そのへんの草むらを探検したり、秘密の遊び場を持ったりはしないのかな。
安心して遊べる場所が減っているのは、こんな田舎町でも、確かなのかもしれません。
三つの窓
以前に、小学校低学年の授業参観に行ったときに、「三つの窓」という授業をしていました。
人間には「運動」「言葉」「心」という三つの窓があって、開き具合や開く時期=発達は、人それぞれだという主旨の話でした。
その中で、「自分の窓を開くためには、どんなことを頑張るとよいか?」という発表の時間があったのですが。
(うーん…やっぱり、早寝早起きと食事、外遊びと読書、かな。
その上で、いろんな人とつき合うのが大事だよね)
などと考えていた私の胸中など、誰も知る由もなく。
子どもたちからは、
「体育の練習を頑張る」「宿題を頑張る」「音読を頑張る」「友達に優しくする」
すごく具体的で、学校に関わる事柄がたくさん出てきます。
みんな一生懸命考えているなあ、と思いながらも、少しだけ不思議でした。
学校だけじゃなくて、暮らしの中にある「窓を開く鍵」は、あたり前すぎて意識することがない年齢なのか、意識できないような暮らしになりつつあるのか、どちらだろう…と。
試しに長女に訊いてみたら、「えー…普通に学校に行けば、いいんじゃない?」との答えでした。
本人が学校に行きづらい状況だということもあるのでしょうが、やはり学校生活は、子どもの中心にあるもののようです。
学校で学ぶことも大事だけれど、日々の暮らしから得る学びと成長も、大切にしていきたいなあと思いました。
木を見つけて登る娘は、素敵です。