子どもたちと、しりとりをする。
まだ小さかった頃は、「答えやすく」「繋ぎやすく」「子どもも知っている」言葉を探す、という縛りが、親に課せられていた。
私の語彙は、決して貧しくはないはずなのに、その中から、誰にでもわかるようにパスを出すのは、実に大変な試練だった。
大きくなって、知らない言葉に「それは何?」と興味を抱いてくれるようになってからは、
なじみのある言葉に、いい塩梅で新しい言葉を混ぜてゆく。
子どもに、楽しんで語彙を増やしてほしいな、と思うから。
知らない単語が続くとつまらなくなるし、語尾が繋ぎにくいと、そちらに気を取られてしまうので、
あくまで「楽しい」を維持できるバランス感覚が重要になる。
ときには子どものほうから、とんでもないカウンターを食らうこともある。
恐竜に詳しい長男が、ことごとく「○○ザウルス」で返してきて、私の「す」の語彙が尽きたり。
長女から、私の知らないゲーム用語やネットスラングが飛び出したり。
次男から、まったく記憶にないポケモンの名前が次々と出てきたり。
おかげで、私の語彙も増えているのではないだろうか。
子どもたちとのしりとりは、常に語彙の壁打ちである。
こうして母は、頭脳と言語が鍛え抜かれてゆくのだ。