【noteエッセイ】日常のおもてなし

結婚して住み始めたのは、海沿いの田舎町だった。

普段はさして人の多くない、のんびりと流れる空気が、夏はざわつく。

海水浴客が増えるのである。

土地が賑わうのは、ただ寂れてゆくより、いいことだと思う。

ただ「観光客が歩く土地」になじみが薄いせいか、いまだに戸惑いが抜けない。

私が生まれ育ったのは、どちらかといえば閉鎖的な集落で、地元の人以外が歩く光景を見ることが、ほとんどなかった。

今の住まいは、海水浴場が近いため、週末になると、水着姿の人たちがたくさん歩いている。

普段どおりにスーパーに買い物に行くと、車があふれて入れなかったり、お弁当やパンの類が品切れになっていたりする。

家の前の駐車場で、上半身裸になって昼寝をしている人に出会って、びっくりする。

日常が非日常と混ざりあう感覚に、なかなか慣れずにいるのだ。

それがときに、緊張や苛立ちに繋がることもある。

「いつもの暮らしのペースが乱された」と感じたときだ。

もちろん自分も、観光客として遊びに行くことはあり、そこには普段から暮らしを営む人たちがいるのだから、勝手極まりない感情である。

その身勝手さも踏まえた上で、私は「観光客にやさしくあろう」と決めている。

困っていたら手助けするとか、観光スポットに来てくれた人をもてなすとか、そんなのはあたり前のことで。

もし私なら、遊びに行った先ですれ違う地元の人が、笑顔だったら嬉しいし、いい土地なのかなと思うから。

どんなに接客として「おもてなし」されていても、住む人の雰囲気が殺伐としていると、

観光スポット以外の場所を、好きになることができないような気がするから。

郷土愛と呼べるほどではないけれど、いち住民の思いである。

およそ私に関わってくれた人には、できることなら幸せを感じてほしい。

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