【noteエッセイ】かつて物語だったもの

ふと川を見ると、流木がぽつんと水面に転がっていた。
茶色く褪せて、ごつごつとしたそれは、何かの亡骸のように見えて、どきりとする。
土の塊が犬に、白いポリ袋が鳥にと、大抵のものがほわほわと見える私には、めずらしい感覚だ。

流木を見つめながら、立ち止まった。
あれが動き出したらどうしよう、と一瞬本気で思ってしまった自分に、小さく笑う。

それでも、目をそらさずに見つめていると、不思議と少しずつ、別の何かに見えてくる。
たとえば、古い城の番人が手にしていた杖とか。
あるいは、海を渡ってきた舟のかけらとか。

私の想像は、どこまでもやさしい方向に転がっていく。
だからきっと、これは亡骸ではなく、「かつて物語だったもの」なんだと思う。

流木のすぐ横に、小さな泡がひとつ、ぷかりと浮かび上がった。
見えない誰かが、私に「見つけてくれてありがとう」と、声をかけてくれたような気がした。

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