「人のせいにしたくない」って、思っているんですよ。
わたしが選んだこと、決めたことの結果を、誰かのせいにしたくない。
人のせい、何かのせいにして、動かない自分が嫌いだから。
でもね、「人のおかげ」にするのは、好きみたいなんですよ。
棚ぼたみたいな、自分がなんにもしてないのに、いいことがあったときとか。
昔をふり返って、いまの幸せをかみしめるときとかね。
さて。
ここで、国語辞典を引いてみます。
「せい」とは、
その人の行為からおこった結果。そのことによる結果。
新選国語辞典
「おかげ」とは、
神仏や人からうけるたすけ・めぐみ・なさけ。
他から受けるよくない影響。
新選国語辞典
わたしは、
「せい」を責任転嫁のようなネガティブな意味で、
「おかげ」を、感謝をこめたポジティブな意味で使っているけれど。
辞書だと「せい」は、ただただフラットな言葉なんですよね。
そして「おかげ」は、プラスもマイナスも両方含んでる。
じゃあ、わたしのこの勝手な使い分けは、なんなんだ。と思いました。
「せい」は嫌いだけど「おかげ」は好き。
自分が言葉を使うときの感情は、それぞれ違うけれど、やってることは一緒なんじゃないかなあ。
どちらも、人の行為の結果論を、わたしが語っているんだものね。
結局のところ、人に対して負の感情をぶつける自分は嫌い。
人に感謝できる自分が好き。
という、エゴを表現しているだけな気がしてきた。
言葉の使いかたは、どこまでもその人自身を表すのだなあ。
