【noteエッセイ】奇跡の音

病院を訪れたら、赤ちゃんの泣き声が響いていた。

久しぶりに耳に響く、若い泣き声。

わが子の誕生を思い出す。

私が切迫早産で、大学病院の産科病棟に入院していたとき、分娩室から、赤ちゃんの産声がよく聞こえてきた。

生命の誕生を喜ぶ気持ちと、羨望とがないまぜになって、複雑な心境で、病室の天井を見つめたものだ。

こちらは、24時間点滴を繋がれての絶対安静生活だったので、出産と同時に、体の自由が戻ってくる。

それを励みに、入院生活を耐えていた。

予定日まで…つまり「点滴が外れて安静解除になるまで、あと何日間だ」と、終わりを数える毎日が、2ヶ月を超えた頃。

私は、ふと気がついたのだ。

赤ちゃんは、永遠にお腹の中にはいない。いつかは必ず生まれてくる。

自分の入院は、無事にわが子が生まれるまでの、未来への明るい道程なのだ、と。

けれど、この病院にいる患者さんで、同じように終わりがはっきりと見えていて、明るい未来を描いて過ごせる人は、どれだけいるのだろう。

緊急入院も、点滴も安静も、確かにつらい。

トイレにも自由に行けない、体を洗うこともできない…それでも。

私の入院生活には、明確なゴールテープがある。

終わりの見えない闘病生活を送っている人がいる中で、これっぽっちの苦しさに呑まれるわけにはいかない、と思った。

それを気概に、わが子とともに退院の日を迎えられたのは、本当にありがたいことである。

100%無事に生まれる保証すら、どこにもないのだから。

響き渡る赤ちゃんの声は、私にとっては奇跡の音だ。

生命の誕生を心から喜び、どうか健やかに育ちますようにと願えることが、今とても嬉しかった。

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