「理想の食べ物」を考えてみた

先日、「理想の食べ物」がテーマの、おしゃべり会を聴かせていただきました。

#なかなかタイミング合わず

#聴くだけ参加ですみません

【「理想の食べ物」を考えてみた】

“理想を語る”って、なんだか難しいような思い込みがあったんだけれど、

#ひたすら最上を追求するイメージ

#最上志向ゆえ?

めちゃくちゃ楽しそうな会話を聴いていたら、ちょっとハードル下がりました!

「好き!」「なにそれ、気になる!」「いいなー!」

自分の中で、ぱっとお花みたいに開く、言葉になる前の感覚を、素直に拾えばいいのかもしれない。

で、お話を聴いていて、思ったんです。

“理想”って、記憶とか経験とか、五感が織り込まれて、完成するものなんだなあ、って。

たとえば、お母さんの卵焼きや、おばあちゃんのおむすび。

「昔、こんなときに家族で食べた、この料理」を、思い出も込みで食べる。

子どもの頃に、もいで食べた木の実や、絵本で読んで憧れたお菓子。

「あの頃、胸をときめかせて見つめた食べ物」を、恋が実るような気分で食べる。

こうしてみんなでおしゃべりしながら「私もそれ食べてみたいな」と、

わくわくした気持ちごと、食べる。

そういう五感が全部、味わいに加えられて、理想の食べ物になる。

だとしたら、その体験こそが、私にとっての「理想の食べ物」なんじゃないかな…って。

#何を食べるかより

#誰と食べるか的な

それでふと思い出して、引っぱり出してきたのが、

『花のお菓子ノート』という本。

実家の母の本棚に並んでいたのを、譲り受けてきました。

初版は昭和59年だから、私はまだ小さな子どもだった頃ですね。

小学生になるかならないかぐらいで、この本を見せてもらって以来、

姉妹で大好きになった、思い出のレシピ本です。

#ひとつも作ったことはありませんw

#作ってもらいたい派です

少女を虜にするお菓子の数々が、すごく可愛い!

たとえ味が一流でなくても、特別な材料を使っていなくても、

写真と寸分違わぬ姿で、目の前に差し出されたら、それは私にとって、

「あの頃のときめきが詰まった、理想のお菓子」。

久しぶりに眺めて、とっても幸せな気持ちになり、理想のパワーを味わったのでした。

素敵なきっかけをいただき、ありがとうございます!

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