才能の正体(坪田信貴)

さやかちゃんをはじめ、まーちゃんやあーちゃんの「ビリギャル」シリーズはよく見かけていたのですが、それ以外にもいろいろ本を出されていたのは知りませんでした。

情報量が多い本だったので、読みながら「なるほど」と思ったところや気になったところに付箋をペタペタ。

本を閉じたら、こうなりました(笑)。

多すぎでしょ! と自分に突っ込みたくなるほど、ここ最近では付箋最多の1冊。

もう一度、ゆっくりペースで読み返していきます。

坪田さんは、

「才能」「天才」「地アタマ」「運」は、4大思考停止ワード

と言い、

もちろん、大人の言うことを聞くのが悪いことだと言っているわけではありません。

ただ、「わかった上で選ぶ」のと、「思考停止して、何もわかっていないのに自動的に選ぶ(実は選ばされている)」のでは、根本的に違います。

注意を促した上で、

「才能は、誰にでもある。みんな、その才能をどう見つけたらいいのか、どう伸ばせばいいのかが、わからないだけなのです」

と述べています。

「才能がある」と言われる人に共通しているのは、

“正しいやり方”を選んでちゃんと努力をしていること。

子育てのために、その「正しいやり方」をぜひ知りたい!

子どもにかけたい才能の言葉

子どもの頃から「頑張ればできる」と言われて、大人になって「そうとは限らないのでは…」と違和感を覚えながらも、ほかに言葉を知らなかった私。

結局、我が子にも「やればできるよ、大丈夫」という声かけしか思いつきませんでした。

その違和感を、ぴったり埋めてくれた言葉がこちら。

「やればできる」という思考の人は「できそうにないなら、やらない」人。

才能のある人が使う言葉は「やれば伸びる」。

また、学校の勉強に意味があるのか? と思っていた我が身をふり返ると、勉強嫌いの子どもにも「いちおう平均レベルぐらいまでは身につけておいた方が、社会では生きやすいんじゃない?」としか答えられませんでしたが。

受験に才能は必要ない。

才能が必要になってくるのは、学校を出てから先。

そこで生きていくために人は「勉強する」のだ。

実際にたくさんの生徒さんを育てた坪田さんが言い切ってくださると、すごく安心します。

本当の頭のよさとは何か? という問いの答えでもある言葉です。

自分が心がけたい才能の言葉

「拮抗禁止令と13の禁止令」というのを初めて知って、衝撃だったのですが。

それも踏まえて、

コミュニケーションとは、「自分が何を言ったか」でなく「相手にどう伝わったか」だ。

ということと、

子どもが夢を語って努力を始めようとしたときに、親が「そんなの無理だ」「できるわけがない」と否定せず、信念を持って守る。

愛情を与える。そして子どもの言葉を信じて、温かく見守る。

これを、子育てしていく上で気をつけたいな、と感じました。

坪田さんによれば、「フィードバックは客観的な“事実のみ”を言うだけでOK」とのことで。

子どもに関してなら、例えば「今日は1時間勉強したね」「背筋が曲がってるね」「○○は間違えやすいね」など。

大人に対してなら、「今日も笑顔ですね」「いつも頑張ってるね」「今日はこれから社長が来るけど、君は一番上座に座っているんだね」など。

「どうして約束通りに仕事をしていないんだ?」と言いたくなるときも、「予定していた打合せのスタート時間は?」と尋ねればいい…。

これらはすべて、「客観的で中立的なフィードバック」なのだそうです。

そして、こちらは子育てより、むしろ大人の集団づきあいの中で活かしていきたいと思ったのですが、

人は、議論の対象に具体性がないときほど、批判的な意見を言いがちなのです。

一方で、具体的なイメージを最初に提示すると、そこをゴールとして、そこまでの道筋を見つけ出そうと考え始めます。

仕事だけでなく、町内会や保護者会などでも、話し合いを有意義にもっていくことができそうです。

衝撃の事実だった才能の言葉

私、数学が大の苦手で。

公式の意味がさっぱりわからなくて、ちっとも覚えられなかったんですよね。

それが、本書でこの因数分解の式を図で見たとき、衝撃でした。

えっ…そういうことだったの!? 単純な式じゃないですか!

勉強が得意な人は、教科書の内容が“映像化”されている。それが勉強における「術」。

勉強が嫌いになってしまう人は、“機械的に覚える”という「技」の練習ばかりをずっとしている。

勉強でいうと、ひたすら計算問題を解いたり、歴史の年号を覚えたり、英単語の書き取りをしたり…といったことが「技」。

基礎力もつくし、スムーズに脳や体を動かすために大切なことではあるのですが、著者いわく「“理解する楽しみ”が少ない」んです。

映像(図)で見れば、何十年来と意味不明だった式が、一発で理解できる。

これが「術」の力。

せっかく同じ勉強をするなら、「技」と「術」とをその場に応じて使い分けながら、楽しくわかりやすく頭に入れる方がいい、と坪田さんは提言しています。

才能の正体

原石を磨いたら、美しい宝石になるのだけれど。

「才能=原石」というだけではなくて、「才能=原石の現状を見極めて、正しく磨き上げる技術」なのではないか。

その技術の面に関しては、後天的に身につけることも可能で。

だから、坪田さんの言うように「才能は誰にでもある」のだけれども、「才能として形になっていない」人やものがたくさんあるのだろうな…と、考えさせられました。

そして、子どもたちの持つ力を伸ばせる親でありたいと、強く思うのです。

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