「苦手だからこそおもしろい」を深掘る

Stand.fmの収録ボタンを押すとき緊張しなくなったのに、花粉症でしゃべりにくくなってきて、残念な私です(笑)。

おしゃべり練習を始めてまもなく、しゃべるのが「苦手だからこそ、おもしろいんだ!」と感じて、Stand.fmで話したのですが。

今回、それをもう少し深掘りして、言語化したいと思います。

私にとっての「苦手」とは、

  1. 子どもの頃に周りと比べてできなかったために、
  2. 怒られたり責められたりして、
  3. 悲しみやつらさや恥ずかしさを味わった

の、3つが揃った物事です。

例えば、自分が下手だったためにチームが負けて、みんなから責められた運動会だとか。

うまく話せなくて、先生に怒られた発表の時間だとか。

おしゃれさが理解できず、話についていけなくて疎外感だらけだった、女子グループのファッショントークとか。

つまり、そのときの私の「苦手」か「得意」かというのは、周りと比べて決まる、他人軸での判断だったんです。

で、文章の読み書きは小さい頃から好きだったし、周りの子よりは得意だという自覚もあって、伸ばそうとしてきました。

その分野にはたくさん取り組んできたぶん、大人になった今では、新しい体験も少なく、もうそれほど成長しないんですね。

まったくないとは言わないけれど、やはり子どもの頃のようにはいきません。

逆に、子どもの頃に苦手意識がついた分野は、当時は挑戦の手段も少なかったし、狭い世界しか見えていませんでした。

それを、大人になってから自分の意思でやってみると、新しい体験も成長もあり、わくわくして楽しいなと感じることが多い。

つまり、今の「苦手」は、過去の自分と比べて感じる、自分軸なんです!

これに気がついてから、苦手って悪いものじゃないんだなあ…と思うようになりました。

苦手だからと避けて、触れてこなかったことには、まだまだ知らない余白がたくさんあって、今でも伸びしろと楽しみしろがある。

苦手だと思い込んでいたことの楽しさを、改めて発見して、頑張れたりする。

“比べるなら過去の自分と”とか、“成功体験を積むことが大切”などは、子どもをサポートしていく上で、よく言われてきたことでしたが。

「できた!」が楽しいのは、大人も子どもも一緒ですね!

算数苦手だったので、子どもの算数ドリル解いて喜ぶ母です(笑)。

せっかく子育てさせてもらえているので、子どもと一緒に「できた!」を積み重ねて、喜びたいと思います。

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