病み上がりの頭の中に、ひらがなの「ぽ」が浮かんでいた。
どことなく焦点の合いづらい眼球、痛みはないけれども重たい頭蓋。
何をしたわけでもないのに、やたら疲れて、重力に逆らえずに、ずるりと瞼を閉じたくなる。
体が地面に溶けてゆきそうな重みの中で、「ぽ」だけが、ふわふわ浮かんでいる。
たぶん、意識がぽやあっとしているのだろう。
もうちょっと頑張れば、幽体離脱できそうな気もする。
重たい体を脱いで、心と「ぽ」だけが、空を自由に飛び回れるような。
ドラえもんのひみつ道具「コエカタマリン」を思い出す。
あんなふうに形をもった「ぽ」に乗って、雲の上まで行けるだろうか。
いやいや、「ぽ」は、乗り物の型としてはいまいちだ。
やはり「ノ」や「し」などがよいだろう。
しかし残念ながら、私が今この重力から抜け出せるものは、「ぽ」しか持ち合わせていないのである。
おまけに、私の運動能力は、ぽんこつなのだ。
そのような乗りにくい形では、たとえ幽体離脱したとて、おかしな場所に墜落するに決まっている。
目を閉じる。
病み上がりの「ぽ」を体内にそっと抱き、ひたすら眠ることにした。
目覚めたら、意識が分離せずにすむぐらいには、体も回復しているだろう。