「応援シロ」について考える

「この人を応援したいな」と思ったときに、応援しやすいと感じる人と、応援しにくいと感じる人がいるのは、なぜなんだろう?

もちろん、

“相手に対する理解度や解像度が足りていなくて、私の能力がそのレベルまで到達できていない”

という点は、応援する側として、私が努力すべきところです。

ただ、それを差し引いても、何らか違いがあるんですね。

ちょっと考えてみたところ…

「ここは自分がやるべきところで頑張るので、こっちをよろしくお願い!」

と、本人が力の入れ所・抜き所を明確にしているときは、応援しやすいです。

西野亮廣さんやセトちゃんのオンラインサロンのように、

「トラブルやマイナスすらも、コンテンツ」

になっているときも、乗っかって応援しやすい。

逆に応援しにくいのは、

「自分があれもこれも頑張らねば!」と、ひとり抱え込んでいるふうだったり、

マイナスが他者を寄せつけない壁のようになっているときです。

――この「自分が」「やらねば」の呪縛、心屋仁之助さんの本でも読んだな!

出会う物事や思考が、どんどん点が線になっていって、今おもしろい時期です!

西野亮廣さんの言う「応援シロ」って、理論はわかったつもりでしたが、感情としてはこういう感覚なのか。

少しずつ腑に落ちてきたな、と思いました。

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